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両立支援の取組み事例

サバイバーの意見を取り入れた両立支援ハンドブックを整備サバイバーの意見を取り入れた両立支援ハンドブックを整備

 サッポロビール株式会社は、従来から進めてきた治療と仕事の両立を支援する取組みを強化し、2017年に専門のハンドブックを用意した。がんなどの治療が必要になった人のために、利用できる制度を周知したり、休業した場合の復職までの道のりをイメージしたりしてもらうためのものだ。制作に当たっては、社内のがんサバイバーの意見を大いに反映させているという。同社の取組みについて、自身もがんサバイバーであるキャンサー・ソリューションズ株式会社の桜井なおみ社長が聞いた。

治療と仕事の両立を尊重したハンドブックを用意

――サッポロビールでは2017年に「がんなど治療と就労の両立支援ガイドブック」を用意し、両立のために利用できる制度も整え続けているそうですね。もともと、さまざまな制度があったと思うのですが、なぜ改めて取り組んでいるのですか。

宮崎:おっしゃるとおり、年次有給休暇の積立制度や在宅勤務制度などはありました。ただ、治療が必要となり、就業上の支援を必要とする社員が出たときに上司や人事部が個別対応するのが実態で、情報が整理されているとは言えない状態でした。社員には、上司や人事部に相談する前にどういった制度があり、利用できるのかを知りたいというニーズがあると考え、2017年にハンドブックを用意しました。

――そこには、食道がんを経験された社員の村本さんの意見も反映されていると伺っています。私は2004年に乳がんだとわかり、2007年に再発が分かったのですが、村本さんの経緯を教えていただけますか。

村本:私は2009年、44歳のときに頸部食道がんであることがわかり、仕事をしながら通院し、放射線治療を受けました。再発が分かったのは2011年、46歳の時です。このときには積立休暇などを使って入院し、手術の際に、声帯も含め喉頭を全摘することになりました。

――がんだとわかったときには、周りにはどのようにお話しされましたか。

村本:私は人事部門にいたので、どのような手続きをすればよいか知っていましたし、この会社はあたたかく風通しのよい会社なので、周囲には自然に話すことができました。

再発の際には声帯を摘出したため、声が出ない状態でした。復帰直前にあらかじめメールを出して、自分の置かれた状況を知ってもらいました。

――そうした経験が、ハンドブックに活かされているのですね。

吾妻:当時、村本は人事部内の別の部署にいたのですが、経験者の意見も盛り込みたいと考えて、意見を聞くことにしました。最初の案では、目次につづくページに休暇制度の案内を掲載していたのですが、「それでは、休まなければならないように見える」と指摘されました。治療しながらそれまで通り働きたいと考える方が多いので、まずはそのための制度を紹介し、次に、休暇制度を案内するようにしました。

――今、ハンドブックを見せて頂いているのですが、「1.はじめに」のページに「不安でいっぱいなことと思います」と寄り添う言葉が記されていますね。これは不安な方にとって非常に意味のあるメッセージだと思います。

村本:私の場合も、再発の際はある程度の予感がありました。初発の時は、違和感を覚えてから検査を受けるまでの間も、検査を受けてから結果が出るまでの間も、とにかく不安でした。

『がんなど治療と就労の両立支援ガイドブック』

病気になっても安心して働けるしくみをすべての社員に分かりやすいようにまとめられている。

――続いて「2.正しい情報を集めましょう」「3.出社しながら治療を続ける」という構成です。

吾妻:制度については、就業規則にも書かれていることばかりです。しかし、そこに書いているだけでは、実際に治療が必要になった人の目にはなかなか触れません。一目で分かるようにすることも、ハンドブック制作の目的でした。

復職後のプランづくりでは、病気の開示も選択肢

――制度の紹介に続いて、具体的な両立や復職の例が載っていて、どのタイミングで人事部が介入したかなどがわかりやすいのもいいですね。
復職後、周囲から治療前とまったく同じパフォーマンスを求められると辛く感じることもありますが、復職のプラン作りはどのように進めているのですか。

吾妻:ハンドブックに掲載した事例は国立がん研究センターの勉強会の実例を参考にしたものですが、実際の復職プランは産業医面談に基づいて作成しますので、疾患を抱えながら働く方の回復状況に応じて評価することにしています。

――産業医を含めた、産業保健スタッフの配置の現状について教えて下さい。

吾妻:50名以上の従業員がいる事業場には産業医が選任されておりまして、月1回程度は訪問しています。また、全国にエリア担当の保健師が配置されており、そのエリアに勤務するサッポログループの従業員はエリア担当の保健師に相談できるという体制になっています。

――それなら「顔を知っているこの人にいつでも相談できる」という安心感がありますね。ハンドブックでは、プライバシーへの配慮についてもページが割かれています。

村本:私は周囲に自分ががんであることを伝えましたが、それは、声が出なくなったことがすぐにわかってしまうからでもありました。オープンにせざるを得ない面もあったのです。しかし、外見ではそうと分からない人の場合、がんだと開示することで不利益を被るのではないかとか余計な心配をかけたくないと考え、周りには言わない人もいるでしょう。それは、本人の自由だと思っています。ただ、開示することで得られるメリットもあることは知った上で、どうするか選んでももらいたいのです。

私の場合、復帰した時点では声が出ませんでした。廊下ですれ違っても挨拶の言葉も出せないので、復帰前に社内外のお世話になった人に対して現状をメールで伝えました。すると150通以上の激励の返信が届きました。あたたかい内容に救われた思いになりましたし、今まで何度も読み返すほどの貴重な財産となっています。

――ほかにも、がんサバイバーへのメッセージはありますか。

村本:開示するかしないかは自由ですが、ただ、開示の上で両立を目指すことで周囲に勇気や希望を与える存在になれるかもしれないことは知ってほしいと思います。

また、一人ではないことも知ってほしいです。会社には利用できる制度、支えてくれる仲間がいます。また、社外に目を向ければ同じ境遇に置かれた人もいて、そこで相談できることもたくさんあります。一人で抱え込まないでください。

――ハンドブックには、社外の相談先も掲載されていますね。

村本:私がお願いをして、信頼できる相談先についても掲載してもらいました。私は家族やあたたかい会社の仲間に恵まれていますが、同じ境遇の人にも力づけられました。再発時には、主治医から「食道発声を学べる教室がある」と聞いたので、手術前に見学に行き、そこに集う皆さんが明るく前向きにトレーニングされている様子にたいへん感動しました。社内ではなかなか見つからない仲間に出会えたことは非常に大きなことだと思っています。

――このハンドブックに対する、社内からの反響はいかがですか。

宮崎:実際に治療が必要となった社員から「安心できた」という感想が寄せられました。

村本:社内のイントラネットに掲載されているのですが、がんになった社員にこの存在を伝えたところ、別の何人かからもすでに教えてもらっていたそうで、それなりの認知を得られていると感じました。

会社と社員のコミュニケーションも日々の積み重ねを

――今後、両立支援の強化のためにどのような取組みを進められる予定ですか。

村本:治療のための時短制度を導入できればと考えています。これまでは復職イコールフルタイム勤務が前提でした。育児や介護には時短勤務が認められているので、治療にも使えるようにしたいと取り組んでいるところです(2019年1月より導入済)。

宮崎:社内のニーズに応えていきます。ただ、人事部門に直接話をするのはなかなか気が進まない人もいると思うので、相談先として、村本のような人がいるのは心強いです。

――これから両立支援を強化しようと考えている企業へのアドバイスをお願いします。

村本:これまでの話の流れとは少し異なるかもしれませんが、一番大切なのは、普段からどんなことでも話し合える信頼関係を構築しておくことだと思っています。柔軟な働き方をするための制度が整ってきつつあり、それも大切なことですが、制度を命の通ったものにするには、会社と社員、社員同士の普段からのコミュニケーションが必要です。がんになってから急に「率直な会話を」と言われてもそれはなかなか難しいでしょう。やはり、普段からの対話による積み重ねが重要だと思います。

――確かに、風土作りは難しいけれど大切なことですね。こうした取組みを進められていることは社内だけでなく、社外にも積極的に発信していただきたいです。

宮崎:広報の重要性は実感しています。今年から、人事部門は広報部門と定期的に情報共有の場を設け、人という切り口で情報発信できないか検討しています。村本は社外で講演することがありますが、その際には広報に伝えるようにしています。また、社内向けの広報活動としては、両立支援に関するコンテンツづくりに向けた取組みが進んでいます。村本の姿を見て心強く感じる社員は多いはずです。

村本:こういう人間でも働ける、自分なりにやっていることを知ってもらうことで、何かの勇気づけになり、仕事にやりがいを見出してもらえれば、企業としての成果にもつながります。そうなっていけばいいなと思っています。

――そうした会社で働きたいと考える人は少なくないはずです。

吾妻:たとえば就職を考えている学生さんにも、サッポロビールは人を大切にする会社だと認識してもらえればと考えています。

仕事が生きがいを育み、個々の使命感が会社を支える

――村本さんは、がんを経験したことで仕事に対する考え方、働く意義などはどのように変わりましたか。

村本:以前は、突き詰めて考えたことはありませんでしたし、事務局として参加した研修で「人生の目的と使命とは」という話を聞いても、ピンときていませんでした。しかしがんを経験し、一度、声を失ったことでいろいろと考えました。今は、働くことは人生の中で大きな位置を占めていると感じています。もちろん、仕事はお金のためでもあって、この問題は切実ですが、仮にお金の心配がなくても、働きたいという人は多いと思っています。

企業で働く一人ひとりには、職位や所属に応じた役割があり、それを意識してそれぞれが仕事をしないと、企業は永続できません。一方で、役割とは別に使命感もあります。これは、職位や所属とは関係なく、一人ひとりの内面から湧き上がるものです。こうした思いをいかにしてひき出せるかが、これからの企業にとって非常に重要なことだと考えています。

――全くのその通りですね。今日はありがとうございました。

©Ministry of Health, Labour and Welfare