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治療と仕事の両立支援コラム

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2023.3.31 

これから始める治療と仕事の両立支援

近藤社会保険労務士事務所 代表
特定社会保険労務士・キャリアコンサルタント
一般社団法人CSR プロジェクト 副代表理事
NPO 法人がんと暮らしを考える会 副理事長

近藤 明美

中小企業にとっての悩みやハードル

治療と仕事の両立支援について何から取り組めばよいかわからないという悩みを抱えている中小企業の経営者、人事労務担当者が少なくない。大企業の取組事例や優良な取組を行う企業表彰などを見て、腰が引けてしまい、自社では難しいのではと感じてしまうこともあるかもしれない。中小企業においても徐々に取組事例が増えてきてはいるが、経済的な負担が伴うのではないかという抵抗感や、医療や産業保健といった専門的な情報へのアクセスの難しさ、社内で専属の人員が用意できないというマンパワー不足などハードルを感じている状況が伺える。

「できることから」始める両立支援の取組

筆者の関与先の中小企業では、あたりまえのように病気を持つ従業員の働き方に配慮しながら就労を継続してもらっているケースに出会うことがある。これらの企業では、費用をかけずに、外部のリソースを上手に活用しながら、両立支援に取り組んでいる。大切なのは、「できることから」始めることである。この「できること」とは、企業規模、業種、仕事内容、従業員の年齢層、地域、人事労務担当者や産業保健スタッフの有無などにより千差万別であってよいと思う。具体的には、後述したい。
また、両立支援の取組は、今職場に病気とともに働こうとしている人がいる場合はもちろん、今はいなくとも今後に向けて職場環境を整えていくことで、人を大切にするという経営姿勢の表れとして、従業員の安心感や企業価値を高めることにもつながる。

現状を把握して、社内の強みを活かす

取組を進めていくうえで、両立支援には「絶対的な答え」があるわけではなく、企業と従業員との対話によって「最適な答え」を見出だしていくことが肝要である。このため、必ずしも制度や体制をゼロから創り上げる必要はなく、既存の枠組みや関連する取組、制度や人材など自社の強みを活かして取り組んでいくこともできる。類似の取組(例えば、メンタルヘルスの復職支援や育児・介護と仕事の両立など)や既存の会議体(衛生委員会など)について社内の現状把握をし、治療と仕事の両立支援に活かせないか検討してみてほしい。従業員にアンケート調査を行ったり、治療経験者にヒアリングしたりして、ニーズに応じた取組を進めていくのもひとつである。

すぐに始められる社内体制の整備

職場環境や社内体制の整備については、厚生労働省が公表している「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」を参照して進めていくのがよいだろう。本ガイドラインには、具体的な環境整備の取組として、次の4つ、①事業者による基本方針等の表明と労働者への周知、②研修等による両立支援に関する意識啓発、③相談窓口等の明確化、④両立支援に関する制度・体制等の整備、が挙げられている。
これから両立支援を始めようと思ったら、まず①と③に取り組んでいただきたい。従業員が病気に罹患して治療が必要になったとき、本人にすぐに退職を決断させないよう、会社としてバックアップすることを明確に伝える必要があり、そのためには、従業員がまず誰に相談したらよいかがわかっていなければならないので、相談窓口(担当者)を決めておくことも欠かせない。基本方針を明文化し、相談窓口とともに従業員全員に周知しておくことが、両立支援の取組の第一のステップといえるだろう。
両立支援には、お互い様の雰囲気など職場風土の醸成が重要と言われるが、風土は自然と作られるものではなく、特に中小企業においては、「病気になった後も当社では働き続けられる」という経営者のメッセージが大きく影響すると感じている。また、病気のことを社内でカミングアウトしづらいという当事者の声も少なからずある。本人の治療状況や働き方の希望を個人情報やプライバシーに配慮しながら丁寧に聴き取れる担当者の存在は重要といえる。労働者健康安全機構が実施している両立支援コーディネーター養成研修を相談窓口担当者に受講してもらうことで相談体制の充実が図れるだろう。

社外リソースを上手に活用したい

各都道府県には「産業保健総合支援センター(通称:さんぽセンター)」という産業保健に関する支援拠点があり、治療と仕事の両立支援に関する相談支援を行っている。支援メニューのひとつである「個別訪問支援」では、両立支援促進員(社会保険労務士、産業カウンセラー等の専門家)が事業場を訪問し、両立支援に関する制度導入の支援や管理監督者、労働者等を対象とした意識啓発を図る教育を実施している。筆者が促進員として支援に携わった際は、社内における両立支援に関するルールをまとめたマニュアルの作成や管理職への意識啓発研修、就業規則の休職・休暇規定への助言などを行った。
両立支援は、「医療」「産業保健」「労務管理」という3つの分野が交差する取組といえるので、すべてを自社でやろう、最初から完璧にやろうとすると一歩目が踏み出しにくいかもしれない。社外リソースも活用しつつ、できることからやってみて、経験値を上げていくことで、さらに次の取組につながっていくのではないかと思う。

プロフィール

近藤 明美

近藤社会保険労務士事務所 代表
特定社会保険労務士・キャリアコンサルタント
一般社団法人CSRプロジェクト 副代表理事
NPO法人がんと暮らしを考える会 副理事長

埼玉県越谷市を拠点に様々な企業の人事労務管理支援を手掛けるとともに、2009年よりがん患者の就労支援に取り組んでいる。現在、東京・埼玉などのがん診療連携拠点病院や埼玉産業保健総合支援センター、日本対がん協会、埼玉県がんワンストップ相談などで就労相談員を務める。講演・研修講師など治療と仕事の両立支援に関わる活動を幅広く行っている。