藤沢タクシー株式会社
就業継続ができるようにすることを最優先に考え、従業員が安心して治療に専念できる環境を整備。従業員との距離が近い中小企業の強みを生かした柔軟な両立支援を実践
企業概要
| 所在地 | 神奈川県藤沢市川名一丁目9番27号 |
|---|---|
| 業種 | 運輸業、郵便業 |
| 設立 | 1940年11月4日 |
| 従業員数 | 60名(2025年4月1日現在) |
| 平均年齢 | 61歳 / 男女比 男性9:女性1 |
| 産業保健スタッフ | 6名(産業医(嘱託)1名、保健師・衛生管理者1名、安全衛生委員3名) |
| 事業内容 | 一般乗用旅客自動車運送事業 |
取組の概要
保健師である社長が中心となって取組を推進。就業継続を最優先として、治療と仕事の両立支援に取り組む方針を表明し、柔軟な両立支援を実践
取り組んだ背景、経緯
- 現社長は、2001年に先代から会社を引き継ぎ社長に就任しました。社長は看護職として働いていた経験があり、保健師の資格も有することから、もともと健康支援に関する専門知識を有し、健康に対する意識を高く持っていました。
- しかし、就任当時の会社では、健康診断の有所見率が高いにも関わらず、再検査を受診しない従業員が多い状況でした。従業員の健康を守ることが、タクシーの使命である旅客輸送の安全につながると考え、現状を放置せずに自身の専門性を活かしながら健康増進の取組を強化し始めました。
- 2003年に従業員ががんに罹患したことをきっかけに、治療と仕事の両立支援に本格的に取り組み始めました。当時は治療と仕事の両立支援の概念が現在ほど一般的なものではありませんでしたが、仕事を続けたいという従業員の意思を尊重し、どのように支援すれば就業継続ができるか、従業員と一緒に考え、取組を始めました。
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代表取締役 根岸 茂登美さん
取組・推進体制、労使での話し合いの機会
- 社長が中心となって、治療と仕事の両立支援に取り組んでいます。従業員の相談窓口も社長であり、産業医と連携しながら支援しています。必要に応じて、本人やそのご家族の同意を得た上で、主治医の意見を直接聞くために社長自身が従業員の診療に同席することもあります。
POINT
基本方針の表明
- 病気になった従業員に対して治療と仕事の両立を支援すること、治療優先の環境をつくること、就業継続を保障することを基本方針としています。
- がんなどの病気に罹患すると、実際には治療と仕事を両立できる状態であっても、「会社に迷惑をかけられない」、「治療に専念するために仕事を辞めたい」といった声を聞くことも多いです。しかし、多くの場合、離職の判断をするには早すぎるのではないかと思います。仕事ができることで、治療に対するモチベーションが高まることもあります。就業継続ができるようにすることを最優先に考え、従業員が安心して治療に専念できる環境を作ることが重要だと考えています。
- がんに罹患した従業員の両立支援を初めて行ってから20年以上が経過し、これまで20名以上の従業員の治療と仕事の両立支援に取り組んできました。2024年にはこれまでの経験を整理し、治療と仕事の両立支援に係る社内規程を策定しました。規程では、治療と仕事の両立支援に取り組む会社の方針や両立支援制度について明記しています。規程を策定する際は、産業保健総合支援センターに相談し、協力いただきました。
- 規程を策定することで、これまで手探りで進めてきた治療と仕事の両立支援を会社の制度として従業員に示すことができました。健康な従業員が規程を手にすることは少ないかもしれませんが、自分が病気になったときに規程があることで安心につながり、治療と仕事を両立するうえでの道筋を立てるのに役立つと良いと考えています。
- 一方で、規程を設けることで、規程に定めていないことは対応できないと従業員に受け止めてもらいたくはないと考えています。例えば、がんに罹患した場合、体調の変化や治療による副作用の影響などから心身の不調により離職を考えざるをえないこともあります。規程はあくまでも標準的な対応を示したものであり、これまでと同様にケースバイケースで柔軟に対応していきたいと考えています。
- また、当社では社長が従業員に声をかける機会が多くあります。日々会話を積み重ねることで、それぞれの従業員が大切にしている価値観や家族関係、どのような人生を歩んできたかなどを知っておくことは、いざ治療と仕事の両立支援が必要になったときに役立ちます。
POINT
社長と従業員が直接思いを伝え合える中小企業ならではのメリットを最大限に生かして治療と仕事の両立支援に取り組んでいます。
がんに罹患した従業員への支援
- 2013年にタクシードライバーの従業員ががんに罹患しました。会社の健康診断で指摘があり、社長から病院に行くように助言し、診察を受けたところ、がんと診断されました。従業員から報告を受け、まずは治療に専念しながら仕事を続けられるようにしました。
- その後休業し、入院治療・手術を経て職場復帰しました。通院しながら抗がん剤治療を継続し、短時間勤務や時差出勤を利用しながら勤務していました。
- 病気に負けないよう、繰り返し自分を鼓舞しながら闘病する従業員であり、最後まで仕事を続けたいと言い続けていました。社長として可能な限り従業員の希望を叶えたいとの思いで支援を続け、がんで亡くなる10日前までハンドルを握り続けることができました。
- その後、従業員の家族からお話をうかがう機会がありました。仕事が生きがいである本人を精いっぱい支え、出社する際に家から送り出した後に涙があふれたこともあるとのことでした。会社として従業員の家族をどう支援できるか、今後の課題になりうると考えています。
POINT
従業員の治療と仕事の両立を支えているのは企業だけではありません。従業員の家族と直接接点を持つことは少ないかもしれませんが、従業員を支える家族の思いにも寄り添った支援ができるよう心掛けたいと思います。
がんに罹患した従業員への支援
- 2017年にがんに罹患したタクシードライバーがいました。がんと診断をされたとき、「会社に迷惑をかけてしまうため仕事を辞めたい」と話していましたが、「今すぐ判断する必要はない」と伝えました。その後、治療に向けて休業する際も「今は治療に専念する時であり、先のことは今後考えていけばよい」と伝えました。
- 職場復帰後は、通院しながら働けるよう、勤務時間帯・日数を調整し、治療と仕事の両立を図りました。また、副作用による脱毛があったため、業務中に着用できる帽子の手配を行いました。
- 職場復帰後は体調も回復し、罹患前の勤務形態に戻って活躍しています。後輩ドライバーの指導も行い、自身の経験を踏まえて健康診断の大切さを周囲に伝えてくれています。
POINT
仕事を続けることで、治療に前向きに取り組めることもあるのではないでしょうか。すぐに会社を辞める判断をさせず、就業継続しつつ治療優先の環境を整えることが重要だと考えています。
まずはこの一歩から!
- まずは産業保健総合支援センターに相談し、日頃から関係を築いておくと良いと思います。豊富な専門知識を持っており、一般的な考え方などを丁寧に教えてくれます。
- 例えばがん罹患者の場合、がん診療連携拠点病院に開設されているがん相談支援センターのソーシャルワーカーに相談できます。安心して医療を受けられるよう、生活上の心配事などの相談に応じたり、必要な情報を提供してくれます。介護保険の申請が必要な場合は、地域包括支援センターの保健師などの地域の専門職に相談することもできます。
- こうした多機関多職種とは、治療と仕事の両立支援が必要になったときに初めて連携するより、会社の歴史や業務内容、日頃の様子などを知っておいてもらうことで、いざ支援が必要なときにより踏み込んだ有益な相談ができると思います。
POINT
専任の担当者がおらず専属の産業医がいないことも多い中小企業は、外部に頼れる専門職がいることを知っておくと良いと思います。
これから取り組む企業の皆さんへ
- 中小企業だからこそ、従業員と経営者の距離が近く、個別の事情に寄り添った柔軟な両立支援ができると思います。従業員が病気になったとき、安心して会社に相談できるように、日頃から健康に関すること、家族のこと、従業員が大切にしている価値観などについて話す機会をつくり、相談しやすい環境を整えておくことが重要だと思います。多くの中小企業が治療と仕事の両立支援に積極的に取り組み、病気になっても仕事を続けやすい職場が増えることを願っています。
その他の取組等
研修等による意識啓発
治療と仕事の両立支援に関する考え方や健康に関するテーマで社長が健康教育を実施。安全衛生委員会では、健康に関する年間目標を設定し社内の健康意識を醸成
- 当社では月1回集合研修を実施しており、健康に関するテーマを取り上げることもあります。全従業員が集まる機会でもあり、会社の方針を周知する機会としても非常に有効です。社長が講師となり、がんに関する情報提供や、健康診断での有所見率などのデータの紹介、検査データに関する解説、具体的な改善方法の紹介などを行っています。あわせて、自社の治療と仕事の両立支援に関する考え方や制度を周知しています。
- 安全衛生委員会では、毎年健康に関する全社の目標設定を行っています。2024年度は、「続ける始めるがん検診」とし、がんの早期発見・早期治療と定期的な検診を勧めました。2025年度は、「食べて噛んで歩いて健康」という目標を立てています。これは、口腔内環境の維持改善と運動習慣を啓発するための目標設定であり、このような目標設定や目標に関連するテーマで研修を実施するなどして社内の健康意識を醸成しています。
関係者の情報共有
厚生労働省の様式を活用して主治医に意見を求める。保健師である社長が診察に同席して直接聞き取ることも
- 厚生労働省のポータルサイト「治療と仕事の両立支援ナビ」に掲載されている「勤務情報を主治医に提供する際の様式例」などを活用し、主治医から意見書をもらうようにしています。主治医の意見書の内容で確認したいことがある場合は、産業医にも相談して意見を聞くようにしています。
- また、従業員やご家族から同意を得た上で、保健師である社長が診察に同席し、治療方針や就業上の留意点をその場で聞き取り、どのような両立支援が必要かの検討に役立てています。
- 産業医には、職場巡視の一環として定期的に従業員とコミュニケーションを図ってもらうようにしており、従業員には気軽に産業医に相談してほしいと伝えており、産業医は従業員にとって身近な存在となっています。
取組の効果、課題の克服方法、今後の展望
治療と仕事の両立支援に取り組むことは、従業員にとっても会社にとってもメリットが大きい。今後も従業員個々の状況に応じた柔軟な支援を実践していく
- 治療と仕事の両立支援に取り組み、日頃から健康に対する意識啓発を行ってきたことから、会社全体として健康に対する意識が高まりました。社内で健康に関する話題が増え、会社の健康診断だけでなく、自治体が提供しているがん検診などにも積極的に参加する従業員が増えてきました。
- 治療と仕事の両立支援の取組は、従業員と会社の双方にとってメリットが大きいと思います。従業員にとっては、仕事を続けることで、治療に前向きに取り組めることもあります。会社にとっては従業員が離職しないことはもちろんのこと、両立している従業員に周囲が勇気づけられることもあります。
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同社提供
- 2024年に治療と仕事の両立支援規程を定めましたが、引き続き社長と従業員の距離が近い中小企業の強みを生かして、個々の状況に応じた柔軟な支援を実践していくつもりです。治療と仕事の両立が必要な従業員は今後ますます増えていくのではないでしょうか。余命宣告を受け職場復帰が叶わない従業員への支援や、独居・単身者への支援などについて課題を感じており、引き続き会社としてできる支援を考えていきたいと思います。
- これまでの治療と仕事の両立支援の活動で、日本公衆衛生看護学会2025年度学術奨励賞(教育・実践部門)を受賞しました。今後も治療と仕事の両立支援体制の更なる充実をめざします。
(令和8年3月時点)
当社では現社長が就任したことで取組が一気に進みました。中小企業だからこそ、社長が本気になればすぐに取組を進められるのではないでしょうか。