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2023.3.31 

両立支援におけるストレスマネジメント

大阪大学大学院人間科学研究科 准教授

平井 啓

治療と仕事の両立における「頑張りすぎ」に注意

身体疾患の治療のために休職した後に職場復帰したり、休職に至らなくとも治療が一段落して仕事を行ったりするような状況では、仕事による様々なストレスに加えて、身体疾患の症状やその治療による副作用などの身体的負荷、身体疾患の経過への不安などの心理的負荷が加わることで非常に負担の高い状態になる。さらに、病気の治療で仕事を休んだことに対して「これ以上迷惑をかけたくない」という気持ちや早く元の状態に戻ろうとする焦りなどから、さらに頑張って仕事をしようとする。しかし、病気になる前よりも大きな負荷を抱えているため、本来の自分の処理能力、キャパシティを超えたキャパオーバーの状態になりやすく、業務時間やミスの増加、判断が難しくなるなどのパフォーマンスの低下が起こってくる。さらにこのような状態を挽回しようとし、「頑張りすぎ(過剰適応)」の状態になってしまうことがある。筆者が研究代表者を務めた「治療と職業生活の両立におけるストレスマネジメントに関する研究」で実施した調査によると、病気になる前に比べて約80%に低下することと、また「職場や家族にこれ以上迷惑をかけたくない」と感じる人が約60%いることが明らかとなっている。

まずは「脳疲労」に気づく

このような業務時間やミスの増加、判断が難しくなるなどのパフォーマンスの低下は、仕事や日々の活動で必要な情報処理を担う、我々の脳の前頭葉の機能が低下することで生じると考えられており、前頭葉の機能が低下した状態を研究班では「脳疲労」状態と呼んでいる。この脳疲労状態を放置し一定期間経過すると、うつ状態やうつ病に移行すると考えられているため、「脳疲労」の状態であることに早く気づき、早めの対処を行うことが重要である。どのような状態が脳疲労状態であるかというと、「以前こなせていた仕事がなかなか終わらない」、「家に帰るとぐったりして何もしたくない」、「判断しにくくなった、一度にたくさんのことを言われると混乱する」、「イライラしてちょっとしたことで職場の人や家族にあたってしまう」などに当てはまるような状態である。研究班では、脳疲労尺度を作成し、特設サイト(参考リンク参照)では脳疲労状態をチェックできるようにしている。

ストレスマネジメントの3つのアプローチ

脳疲労状態は、高いストレス状態のサインとなる。そこで、脳疲労状態になっているかもしれないと感じたら、ストレスマネジメントを行うことが重要である。ストレスマネジメントには、①休養や睡眠の確保、リラクセーション等の脳疲労状態への直接的なアプローチ、②認知・行動トレーニングを通したキャパシティへのアプローチ、③職場と相談し、職場の環境調整をすることによる仕事のストレッサー自体を軽減することの3つアプローチがある。

脳疲労回復のための睡眠・リラクセーション

まず、脳疲労を改善するためには、休養、睡眠確保、リラクセーションを行うことにより、できるだけ脳に負担をかけない状態を一日の中で十分に確保する必要がある。特に、睡眠時間の十分な確保だけでなく、質の高い睡眠をとることが脳疲労からの回復には必須である。そのためには、眠くなってから布団に入り、起きる時間は揃えること、布団は寝る以外の目的に使わないこと、昼間に動いて体温を上げること等の具体的な行動を実践する必要がある。これらによっても睡眠状態が改善しない場合は、専門の医療機関(睡眠外来や精神科、心療内科)やかかりつけ医に相談し、睡眠導入剤の利用を検討したほうがよいかもしれない。また寝る前に、仕事や病気のことなどの心配事を考えない時間を作るために、マインドフルネス法や筋弛緩法などのリラクセーション法を行うことも重要である。また、ヨガやジョギングといった適度な負荷をかけた身体活動も、注意を「今、ここ」に集中させることで未来の心配事や過去の後悔などのストレスをもたらす思考から追い出すことを可能にするため、リラクセーションと同様に活用することができる。自分の生活に取り入れることができれば、いずれの方法であっても構わない。

キャパシティを補うための工夫:認知・行動トレーニング

病気や治療により体力だけではなく、作業や家事などの処理能力自体も低下していることを想定して、例えば、効果的なメモの取り方を身につけることが有効である。メモをとることで、その内容を積極的に忘れるようにし、次にやってくる情報を処理できるようにすることで仕事に対する処理能力のキャパシティに余裕をもたせることができる。次に、一日の予定や計画を立て、それを書き出すToDoリストを作成し、積極的にタイムマネジメントを促すことも有効である。研究班が行った治療と仕事の両立経験者へのインタビューでは、スマホのアプリなどを利用して、メモを取ったり、ToDoリストを作ったりと様々な工夫をされていた。

職場に思いや状況を適切に伝える

個人の工夫には限界があり、今の治療との両立をするために、できる限り職場の方に配慮してもらうことが、仕事を続ける上で必要になってくることもある。そのために必要な工夫は、自分ひとりではこなせない業務を積極的に他の人に手伝ってもらったり、配慮してほしいことを伝えたりするためのアサーショントレーニングである。前述のように、職場や家族に対して迷惑をかけているかもしれないという思いがあると、これらのことを伝えられずに負担を一人で抱え込むことにもなる。そこで、今、自分はどういう状態であるかを伝えて、なぜそうなっているか?そしてどのような配慮をしてほしいかを、できるだけ正確に職場の人や家族に伝える必要がある。そのためには、これらについての具体的な内容を普段から書き出しておいて、整理しておく必要がある。それを元に、職場の窓口や産業医、さらに病院の主治医や相談窓口を活用し、それぞれの専門家に相談することで、自分の状況に合った様々な制度や助言を得ることができるかもしれない。

参考リンク

平成30年度厚生労働省労災疾病臨床研究事業費補助金「治療と職業生活の両立におけるストレスマネジメントに関する研究」(研究代表者:平井啓)班作成「治療と仕事を両立するときに、不調にならないためのストレスマネジメントガイドブック」

https://stmg.grappo.jp

プロフィール

平井 啓

大阪大学大学院人間科学研究科 准教授

専門は、健康・医療心理学、行動医学、医療行動経済学、サイコオンコロジー。1972年山口県生まれ、97年大阪大学大学院人間科学研究科博士前期課程修了。97年同大同学部助手。2010年市立岸和田市民病院緩和ケアチーム指導健康心理士(現公認心理師)。18年より現職。博士(人間科学)。07年日本サイコオンコロジー学会奨励賞、13年日本健康心理学会実践活動奨励賞受賞。著者に、「医療現場の行動経済学 すれ違う医者と患者(東洋経済新報社)」など。