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治療と仕事の両立支援コラム

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2025.03.19

企業の“大家族主義”を支える保健師の視点から考える、
治療と仕事の両立支援の重要性
〜企業における治療と仕事の両立支援を促進するために
産業保健スタッフができること〜

東振グループ(株式会社東振、株式会社東振精機、株式会社東振テクニカル)
保健師

松田 由宜子

会社の同僚の方々と一緒に
本人ご提供写真 松田氏は向かって後列右側

「健康経営」を掲げる企業が増える中、病気を抱えながら働く社員をどう支援するかは、ますます重要なテーマとなっています。そんな現場で大切な役割を担うのが、産業保健スタッフ(保健師・産業医など)の存在です。本コラムでは、製造業の企業で活躍する保健師・松田由宜子(まつだ・ゆきこ)様に、治療と仕事の両立支援の取り組みや、実際に現場で工夫していることなどを伺いました。社員一人ひとりを「家族のように」見守りながら、企業としての生産性も高める――そのヒントを探ります。

「両立支援も健康経営の実践の大切な1つ」とおっしゃっていますが、その想いを聞かせてください。

健康経営の大きな目的の一つは、生産性向上だと考えています。もし社員が病気を理由に退職してしまえば、企業にとって貴重な知識や技術や、大切な労働力が失われることになりますよね。そこで、病気になった方に必要な支援を行いながら就労していただくことは、企業の成長にも直結するのです。
また、自分が病気になるかもしれない、あるいは同僚がいつ大きな病気をするか分からない時代だからこそ、会社が「いざという時も温かく支えてくれる」存在であると社員が実感できれば、会社への安心感や満足度が高まり、全体の生産性やモチベーション向上につながります。そういった意味で、「治療と仕事の両立支援」は“健康経営”を形にする非常に重要な施策だと思います。

社員からの声をいち早く把握し、適切に対応するために心がけている体制があれば教えてください。

まず、会社で出す回覧や掲示物には必ず「保健師:松田」と名前を明記しています。何かあれば「まずはマツダに声をかけてみよう」と分かるようにするためですね。実際、時には「ケガをした野鳥が敷地にいます」といった保健師とは無関係に思える相談も舞い込みましたが(笑)、とにかく「困ったらあそこへ」の窓口として周知してもらうことが大切だと考えています。
また、管理職や人事の方々とは普段からフランクにコミュニケーションをとり、相談しやすい関係性を築いています。産業医は委託で月2回しか来社しないため、社員が直接連絡をとるのは難しいんですね。その間は私があいだに入り、必要に応じて産業医に情報をまとめて共有します。こうした「橋渡し役」がいることで、産業医の来訪を待たずして、対応しなければいけないタイミングで適切な対応ができます。そのため、問題が大きくなることを防ぐことができます。

長期治療や定期的な通院が必要なケースで、上司や人事に最初に伝えておきたい要点は何でしょう?

たとえば「がん」という言葉は、TVドラマなどで「余命何日」などのドラマチックなイメージをもたれがちです。そこで、まずは管理職・人事が病名に対してどんな先入観を持っているかを確認し、「実際の病状はどうなのか」「どんな治療スケジュールが一般的か」をしっかり理解してもらうことが重要です。
また、将来的に「こうなるかもしれない」という見通しが分からないと、受け入れる側も大きな不安を抱えてしまいます。もちろん病気の経過は個人差がありますが、「短期的にはここまでが予想される」「その次の段階ではこうなる可能性がある」といった見通しを整理し、企業側に共有しておく。さらに、「状況が変化したら再度調整を行う」ことを事前に合意しておけば、過度な心配や混乱を減らせると思います。

主治医・産業医の意見を踏まえて、実際の業務や配慮事項を決めるときに意識している連携の流れは?

主治医は外部の医療従事者で、会社の実情をイメージする事は難しいと思います。そこで私は「社員の業務内容・勤務実態を整理した書類」を事前に作成し、必要な範囲で上司や本人と相談しながらまとめています。厚生労働省が提示しているガイドラインの様式などを活用して「こんな業務を何時間ぐらい行っているか」「どんな危険作業や細かい作業があるか」などをできるだけ細かく書き込みます。
社員はこの様式を主治医に持参し、具体的な治療プランや作業制限などをコメントしてもらう。すると、「どの段階でどの程度の配慮が必要か」を、会社側でも客観的に検討しやすくなります。それでもより多くの情報が必要な場合は産業医の力を借りて主治医と直接やりとりをしてもらうなど、“正確な情報”を引き出すための仕組みづくりを大事にしています。

勤務時間・場所・業務内容の調整を円滑に進めるコツを教えてください。

外部の産業医とは月に2回しか面談できません。そのため、産業医が来社する日は、現在抱えているケースを一括で「申し送り」しています。病状だけでなく、会社の生産状況や各部署の体制なども含めて情報共有することで「実際に、どのぐらい柔軟な対応が可能か」を産業医にも理解してもらいやすくなります。
社内向けには、部署ごとに状況が違うので、上司と事前に「今こういう人が復職を希望している」「ただ部署の繁忙度からこれだけの配慮は難しいかもしれない」などのコミュニケーションをとり、落としどころを探します。あらかじめ本人の了承を得るなどして、個人情報の取り扱いには十分注意しながら、復職が見えてきた時点で、事前に水面下で調整をしておくイメージですね。お互いが準備をした上で話を進めると、本人を前にしたときにスムーズに合意形成ができます。

従業員本人だけでなく家族を含めたサポートが必要だと感じるのはどんなケースですか?

たとえば、がんが進行している方で入退院を繰り返す可能性が高い場合や、家族が治療計画のカギを握っているケースなどですね。本人が体調不良で来社できないとき、本人の了承を得た上で、代わりにご家族が診断書や情報を取りに来るようお願いすることがあります。そこで面識を作り、「もしご本人が頑張りすぎてしまうような状況があれば、遠慮なく相談くださいね」と声をかけます。
また、家族全体が精神的に揺らいでしまって本人が治療や仕事に集中できない、といったケースもあります。お子さんの保育支援や家族の不安ケアなど、公的なサポート制度を案内するだけでも「安心感」につながり、結果的に本人の治療と仕事の両立を後押しできると考えています。

長期にわたる治療は心身ともに負担がかかります。モチベーションを維持するための声かけは?

私はいつも“フラットな姿勢”を心がけています。もちろん共感は大切ですが、あまりに感情移入しすぎると、かえって本人が不安になったり、選択肢を狭めてしまう恐れがありますよね。
たとえば、治療法の選択に悩む社員から意見を求められたら、「こういうメリット・デメリットがある」「自分ならこう考える」など、選択のヒントとなる情報は提示します。ただ、最終決定はあくまで本人に委ね、本人の選択が後悔にならないよう、否定せずに「そのときのあなたの選択は大正解ですよ」と寄り添うようにしています。こうして社員が「自分で納得して決めている」状態を積み重ねていくことが、長い治療を乗り切るモチベーションになると思います。

同僚の協力を得る際、誤解を招かない伝え方やコミュニケーションのポイントは何ですか?

私は「情に訴えるやり方」はしないようにしています。たとえば「かわいそうだから手伝ってあげて」などと言うと、受け止め方が人それぞれになり、結果として協力できない人への批判が生まれることもあるからです。
代わりに、「(本人にお話をする了承を得た上でですが)こういう病気や症状で、作業上これが難しい。解決するにはこういう方法がある」という、淡々とした“事実ベース”で伝えます。もし分からないところがあれば「何が分からないのか」を言葉にしてもらいながら、一つひとつ噛み砕いていく。感情論に走るのでなく「建設的に解決策を探る」姿勢を全員で共有するのがポイントですね。

社員が安心して治療と仕事を両立できる企業風土づくりのために、今後さらに強化したい取り組みは?

厚生労働省のガイドラインにあるような様式を活用し、会社と社員、医療機関の間で情報を“段階的に”やり取りするやり方をもっと普及させていきたいですね。
人によっては「書類は面倒だから……」と敬遠されがちですが、実際は「誰が・いつ・どんな作業を・どの程度できるのか」が明確になり、曖昧な不安を解消しやすくなります。ベースとなる書面があるからこそ、変化があっても修正しながら進められるという利点があるんです。

ガイドラインを活用した具体的な事例やエピソードがあれば教えてください。

たとえば脳梗塞で高次脳機能障害のある方の復職に際し、ガイドラインの様式を使って主治医に「車の運転は不可」「立ち仕事は短時間なら可」など具体的な配慮事項を細かく書いてもらったことがあります。診断書だけだと「就業可」としか書かれないケースが多いのですが、実際には「通勤手段は車以外を」といった指示が必要だったりしますよね。
また、乳がん治療中の社員さんには「抗がん剤投与から3日目までは副作用が出やすい」という明確な説明を受け、それを踏まえて週のうち木・金だけ出社するプランが立てられました。会社側も作業量を調整しやすくなり、本人も「体調が落ち着くタイミングで勤務できる」と安心して治療と仕事を両立できたんです。こうしたきめ細かい配慮は、ガイドライン様式を通じて情報を整理したからこそ実現しましたね。

プロフィール

松田 由宜子

東振グループ(株式会社東振、株式会社東振精機、株式会社東振テクニカル)
保健師

大学病院・総合病院にて看護師として勤務し、病棟や外来の医療現場で多職種との連携に携わる。現在は製造業企業で保健師を務め、社員の健康管理・両立支援・メンタルヘルス対策などを中心にサポート。看護師時代の経験を活かし、「家族ごと支える」という視点や医療知識を企業内に導入することで、治療と仕事の両立支援や健康経営の推進に貢献している。