治療と仕事の両立支援コラム
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2025.03.19
大学病院・総合病院での看護師経験から考える、
治療と仕事の“接点”と課題
〜今だから思う“橋渡し役”の大切さ〜
保健師
松田 由宜子 氏

病院の看護師として、大学病院や総合病院の病棟・外来勤務を経験し、その後に企業保健師として働かれている松田由宜子さん。医療現場で感じた「治療と仕事の両立」への課題が、現在の産業保健の仕事にどのように活きているのでしょうか。ここでは、看護師時代の経験を振り返りながら、退院後や外来フォロー時における“社会復帰”の不安、家族ケアの必要性、さらに企業と医療機関が連携するための具体策などを伺いました。
看護師時代、院内チーム以外に、産業医や保健師、企業人事・家族との連携をどのように進めていましたか?
病院の中は“医療の専門家”が集まるので、治療や入院生活に関しては情報をシェアしやすいのですが、“退院後の仕事”や“職場の実情”まではなかなか分からないものです。そこで、患者さんに「勤務先はどんな会社か」「現場の状況はどんな感じか」を詳しく聞き取りつつ、主治医やリハスタッフと共有していました。
また、患者さんが「会社にどんな情報を伝えればいいか分からない」と戸惑っているケースも多かったので、「退院後の勤務時間は主治医にこう聞いてみては?」という具体的な問いかけを一緒に考えたこともあります。看護師の立場として、院内はもちろん、企業や家族への“情報の橋渡し”をできる範囲で担うよう意識していました。
そうした連携で、患者や家族にどんなメリットがもたらせたと感じますか?
病院に入院している間は、どうしても「家に帰ってから」のイメージが曖昧になりがちなんですね。そこを、会社や家族も巻き込みながら将来の生活を想像することで、心の準備が早めにできるようになります。
具体的には、例えばストーマ(人工肛門)を造設した方の場合、家庭のトイレだけでなく「職場でのトイレ利用はどうする?」など、職場の環境を踏まえた指導が必要です。これは看護師だけの知識では不足する部分が多いですから、会社の保健師や産業医と連携し、分からない点を一緒に整理すると、患者さんも「復職」や「通院しながら働く」イメージを持ちやすくなったように思います。
退院調整時に職場や産業医へつなぐ際、患者本人・家族に「この情報だけは共有したほうが良い」と説明するポイントは?
やはり最優先は「命に直結するおそれのあること」や「重大なトラブルを防ぐために必須となる情報」です。例えば糖尿病で低血糖リスクがあるなら、発作時の緊急対応を含めて会社に伝える必要があるかもしれません。がん治療中なら、免疫力低下の時期は配慮が要るとか。
ただし、患者さんのプライバシーは最優先なので、そこは本人や家族としっかりすり合わせつつ、「どこまで開示するか」を選んでもらいます。看護師としては「こういう点は絶対に伝えておいた方が、あとでご本人がラクになる」という情報を丁寧に説明し、納得してもらえるように努めていました。
患者が治療後の働き方を具体的に考えやすくなるよう、看護師として心がけていたアドバイスは?
入院中は時間があるので、患者さんの生活リズムや服薬スケジュールを一緒に見直すようにしました。「朝何時に起きて、どんな業務で忙しくなるのか? その時間帯の服薬は大丈夫か?」など、仕事のタイムスケジュールを意識できるように促す感じですね。
患者さんには「企業側にはこう聞いてみたらどうでしょう」と質問項目をリスト化してもらうこともあります。たとえば「休憩は何時ごろか」「残業は頻繁にあるのか」「社内の温度はどうか」など、病気によって重要視するポイントは違うので、そのあたりを一緒に検討していました。
医師や他職種と連携して、仕事復帰を見据えたケアプランを作ることはありましたか?
入院患者さんの場合は「退院に向けたパス」(退院指導のチェックリストのようなもの)をベースに、個別の生活背景に合わせたアドバイスを組み立てます。そこに「復職」の視点を加えるかどうかは、病院によって温度差があるかもしれません。
私の場合は、患者さんが復職希望を強く持っているケースでは「このタイミングで一度産業医や企業に問い合わせてみましょう」など、病棟のソーシャルワーカーと連携して具体的な行動計画を作っていました。本人が必要性を理解しやすいよう、パンフレット的なまとめ資料を一緒に作ったりもしましたね。
看護師と企業保健師や産業医が連携を取る際、どんな情報交換ができると理想だと感じますか?
理想としては、企業の風土や仕事の具体的な内容を病院側が把握できるといいですよね。病院側は「主治医の診断書」中心ですが、職場の実態が分からないと的確なアドバイスが難しい場面も多い。たとえば「座り仕事なのに、産業医には立ち仕事と伝わっていた」など、ギャップがあると本人が混乱してしまいます。
逆に、病院側としては「患者さんがどれだけ治療や疾患を理解していて、自己管理ができそうか」などを伝えられると、職場でのフォロー計画が立てやすいと思います。もちろん個人情報保護が大前提ですが、そこをうまくすり合わせる仕組みがあると患者さんの負担も減らせるでしょう。
自分の状態を会社に伝えるのをためらう患者もいます。ハードルを下げるためのアプローチ方法は?
「伝えないと誤解が生まれる可能性が高い」ということを具体的にお話しします。会社の人が病名を正確に知らないことで「過度な心配をされたり、逆にまったく気遣ってもらえない」など、極端な対応になることは珍しくありません。
そこで「例えばこのタイミングだけは休みやすくなるよう配慮してもらうには、これとこれだけは伝えた方が良いかも」と、メリットを分かりやすく話すようにしています。また「会社の担当者にまずは個別に相談してみるといい」という選択肢を示すことも、患者さんの心理的ハードルを下げる効果がありますね。
現在は企業保健師として働かれていますが、看護師時代の視点がどのように役立っていると感じますか?
やはり疾患の経過や治療法の知識を持っていると、社員との信頼関係を築きやすいです。たとえば肝臓がんの方に「血管に直接薬を入れるタイプの治療なら、こういう副作用があるかもしれませんね」と具体的に話すと、「あ、この人ならわかってくれるかも」と安心してもらえます。
また、患者さんやご家族への接し方を病院で学んだことも大きいですね。特に「家族全体が動揺しているケースではこう対応する」といった経験値が、今の産業保健でも活きています。
医療機関と職場がスムーズに連携できれば患者(従業員)の負担は減るはずです。今後、看護師の立場から求められる取り組みや制度は?
残念ながら現在、企業からの書類に対する医師の記入欄だけで情報交換が完了してしまうことが多いんです。看護師は医師の指示のもとで動く資格なので、正式な書類のやり取りが難しいケースもあります。
ただ、看護師が「この患者さんは仕事復帰にこういうことが必要そうです」と具体的に情報を補足できれば、復職や両立支援がよりスムーズになると思います。将来的には、ガイドラインの様式や会社の要望を、医師が書類に書く際に看護師がサポートできる仕組みが整うと理想的ですね。そのためにも、病院内で「退院後の就業」を見据えた視点を持つ看護師が増えることが大事だと思います。
その他、「治療と仕事の両立支援」にまつわる具体的なエピソードがあれば教えてください。
看護師のころは、入院生活が中心になりがちで「退院後のお仕事」まではなかなかフォローしきれない現実がありました。退院してみたら「実は社食のメニューや食事時間がまったく合わなくて困った」という人がいたり、復職後にトラブルが起きることもありました。
一方、企業保健師としては「会社に来てもらう立場」なので、来社が難しい場合はご家族に依頼して書類を届けてもらうなど、できる限り柔軟にサポートしています。病院と会社ではまるで文化が違いますが、ガイドラインの様式を使い、「ここに書いてもらえれば具体的な指示が得られますよ」と橋渡しをすることで、以前に比べてずっと連携しやすくなったと感じますね。

松田 由宜子
東振グループ(株式会社東振、株式会社東振精機、株式会社東振テクニカル)
保健師
大学病院・総合病院にて看護師として勤務し、病棟や外来の医療現場で多職種との連携に携わる。現在は製造業企業で保健師を務め、社員の健康管理・両立支援・メンタルヘルス対策などを中心にサポート。看護師時代の経験を活かし、「家族ごと支える」という視点や医療知識を企業内に導入することで、治療と仕事の両立支援や健康経営の推進に貢献している。